さて、1ヶ月以上も更新せずに順序も何もないようなものだが、この程、ものごとの順序性ということについて熟考させられる出来事に直面したので報告しておきたいと思う。
 皆さんは、夫婦生活における古典的なやり取りとして
 妻:「先にお風呂にする?ご飯にする?」
 夫:「う~む。風呂かな」
 といったコミュニケーションというものを想像したことがあるに違いない。ところが筆者宅においてはそのような常識が全く通用しないことが昨今明らかになったのである。
 数日前、筆者が帰宅した際のことである。筆者の助手兼相方のKが、おもむろに筆者に対して以下のような驚くべき問いを投げかけて来たのである。
 K:「ご飯の前にお風呂にする?それとも、お風呂の後にご飯にする?」
 これは前代未聞の問いかけである。「それとも」という、あたかもどちらかを選択させるかのような接続詞の前後に、全く同意義の選択肢が並べられるという、何とも高等な疑問文を成しているのである。
 筆者が、一瞬耳を疑うと同時に目を見張ったことは言うまでもない。そして意を決して次のように答えてみることにした。
 筆者:「どちらも魅力的だな。いずれにしろまず風呂に入るか」
 こうして事態は丸くおさまったのである。
 こうしてみると、日常的な夫婦生活において物事の順序というものがいかに曖昧であり、どっちでもよいものなのかが分かる様な気がしてくる。 これからは、少なくとも自宅においては順序というものを深く考えずに生きて行きたいと思った次第である。

 筆者には、若干季節を先取りする癖がある。
 少々暑い春の日に
 「夏だなあ」
と言ってみては、助手兼相方に
 「まだ春でしょ」
と言われてみたり、
 少々寒い秋の日に
 「冬だなあ」
と言ってみては、助手兼相方に
 「まだ秋でしょ」
と言われてみたりするのが恒例である。
 しかし、4月だろうが5月だろうがこんな日には、
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「夏だなあ」
と言ってみてはいかがか(ニヤニヤしながら)。
※写真:超人日報社向ヶ丘本社近辺

 この連休中、世田谷区の「K」にある助手兼相方のご実家と、同じく相方の姉夫妻宅を訪れたのであるが、そこで二つの大きな事件に遭遇した。
 一点目は、相方のご実家で寿司をご馳走になっている最中のことである。相方がみんなに湯飲み茶碗を配布しようとした際に、次のような驚くべき発言を行ったのである。
 「どの湯飲みが誰のじゃろ?」
 突然の「じゃろ?」である。その瞬間、相方のご家族からは、「おじいちゃんみたい」などという甘い突っ込みが飛び出していたが、筆者は密かに気づいていた。昨今、おじいちゃんやおばあちゃんでさえ、「?じゃ」「?じゃった」「?じゃろう」などという日本昔話風情の語尾は用いないものである。
 それにも関わらず突然何の前触れもなく「じゃろ」を用いた相方の言語的ルーツが、このご家族のどこかにあるのではないかと密かに観察を続けていたが、ついに何の収穫も得られなかったのは残念でならない。
 二点目はその後、同じく「K」にある相方の姉夫婦宅を訪れた際のことである。玄関に入った際相方の姉が、
 「旦那はさっき仕事から帰ってきたばっかりで、ちょっとゴロゴロしてるけどごめんね」
 と言うので、相方と筆者は、「ああ、『ちょっとゴロゴロしている』というのは、きっと居間で座って普通にゲームでもしてるんだろうな」などと勝手に想像したものである。
 ところが、そのゴロゴロっぷりは我々の想像をはるかに超えていたのである。居間に入ると、一瞬我々は、「部屋にトドが寝ているではないか」と目をしばたいたのだが、なんとそれが文字通り「ゴロゴロしている」義兄だったのである。
 義兄は筆者に勝るとも劣らないスケールのでかい腹の持ち主なのであるが、その腹を余すところなく天に突き出し、仰向けに寝転がってプレステをしていたのである。
 それ以来筆者は、部屋で超人日報の執筆などをしているところを相方に
 「またそうやってゴロゴロ遊んで」
 などと注意を受けるたびに、
 「いやいや、この程度ではゴロゴロしているうちに入らないだろう。姉夫婦を見習いたまえ」
 という風にやり返しているものである。全く持って義姉夫婦に感謝である。
 ちなみに義兄の名誉ために追記しておくが、義兄は某テレビ局にて番組制作に携わっており、昼夜兼行で出勤している日々のため、このようにわずかな在宅中の時間は、寝るともなく大好きなゲームをするともなく、というゴロゴロとした過ごし方にならざるを得ないのである。
 以上のように、相方の実家のある「K」地区では日々、看過しがたい大事件が起こっているので、今後も継続的に取材を続けていくこととしたい。

 この度筆者は、一大決心のもとに土地を購入するに至った。
 やはり家庭を持つ男たるもの、子から孫へ、孫から曾孫へと受け継いでいく財産の一つも持っておかねばなるまい。そのようなことなど夢にも考えたことがなかった筆者であったが、ある日、とある雑誌の記事に目を惹かれ、帰宅後すぐに助手兼妻の賛同を得てインターネットを通じてその土地の購入手続きを行ったのであった。
 聞いて驚きたまえ。その土地はなんと1200坪でわずか2700円という破格での売り出しなのである。1200坪と言えば、サッカー場ほどの広さである。これほどの広さがあれば、将来どのようなスケールの大きい土地活用方法を展開しようとも耐えうるに違いない。
 ただ一つ残念なことは、少なくとも筆者が生きている間はその土地が日の目を見ることはないだろうことである。いや、筆者の子供、もしくは孫の代でも有効活用されることはないかもしれない。
 というのも、その土地の所在地は・・・。
 「月」なのである。
 月というのは、空に浮かんでいる、ウサギが餅をついたりしている、あの月である。日本からだと若干時間がかかるかも知れない。
 今回契約を結んだ月の土地の販売代理店というのは、”LUNAR EMBASSY”というアメリカの会社なのであるが、彼らによれば、「宇宙条約」やら「月協定」やら(こういったものは実在するらしい)なんやらを解釈するに、一企業が月の土地を販売することに問題はないということで、カリフォルニア州の認可を受けているというのである。この無謀なまでの大胆さが素晴らしい。小田急線界隈では慎重派で有名な筆者であるが、ついつい、まあ付き合ってやろうか、という気にさせる。
 なんだかウソのような本当のような話ではあるが、いずれやってくる宇宙世紀に向けて、有力な移民先候補である月に、たったの2700円で土地を所有できる(したつもりになれる)と思えば安いものである。1200坪もあれば、モビルスーツの開発製造だって行えるに違いない。
 この土地を筆者から受け継ぐであろう彼もしくは彼女は、一体どのような反応を示すであろうか。今から楽しみである。

 皆さんは、車やモビルスーツの運転に欠かせない「パッシング」という行為をご存知であろうか。フロントライトのロービーム・ハイビームを素早く切り替えることにより、対向車や前走車に対して様々な合図を送るために行われる行為である。
 さて、この度筆者は、前代未聞の画期的なパッシング手法を開発したので、この場を借りて報告させていただきたい。
 つい一週間ほど前、いつものように愛機である陸戦型モビルスーツRX-8に搭乗し、府中街道を走行していた時のことである。
 前方交差点に、右折しようとしている対向車があった。信号は青だったが、筆者の前が詰まっていたため、当然ここは対向車を先に右折させるのがスマートである。ところがよく見ると、右折しようとしている対向車は仮免許練習中の教習車ではないか。
 筆者は無駄に考えた。これでは、普通の地味なパッシングを送っただけでは気付いてくれないのではないか、いやよしんば助手席の教官が教えてくれたとしても、新たなドライバーとして羽ばたこうとしている彼に、より華麗なエールを送る必要があるのではないか。
 そこで筆者は、通常はハンドルの右にあるライト操作用のレバーを引くことによりパッシングを行うべきところを、思い切って左側のレバー操作によりパッシングを試みたのである。
 するとどうであろう、突如フロントガラスに南国のスコールのごとく噴射される多量の液体、続いてそれに刺激を受けたかのように機敏な動きで繰り出される二本の黒いワイパーの乱舞。
 これにはさすがに仮免君も驚いたに違いない。いや彼だけでなく、経験豊富な教官殿も度肝を抜かれたことだろう。このような高等技術はきっと教習所では教えていないはずである。
 さて、この画期的なパッシング手法の効果の程は言うまでも無い。真冬の府中街道に突如真夏のごとく降り注いだスコールとその中で舞い踊る二本のワイパーの競演に、仮免君の教習車は一瞬我を忘れたように交差点の真ん中でたじろいで見せたものの、すぐに筆者の意図を汲み取って右折していった。
 読者諸兄も、もし対向車が自分のパッシング行為に気づかないような際には、この斬新且つ情熱的なパッシング手法を試されてはいかがだろうか。
※ちなみに、上記の交差点で新しいパッシング手法が繰り出されたその瞬間、誰よりも驚いて冷汗を垂らしていたのは他でもない筆者であったことを参考までにここに記しておく。

 超人日報社北京支店より、以下の情報が寄せられている。

鼻から飲んだ牛乳を目から噴き出させる青年を発見
 輝県市の18歳の青年は鼻を使って牛乳を飲むだけでなく、飲んだ牛乳を目から噴き出させることができる。
 同青年は牛乳を満々と注いだコップを鼻の下に置き、口を閉じた状態で鼻を使って100ミリリットル余りの牛乳を飲んだ。その後、指で鼻をしっかりとつまみ、目から牛乳を噴き出させた。
 耳鼻咽喉科の専門家によると、同青年の鼻の構造は正常な人間のそれと異なる可能性が高いという。また、普通の人は気軽に真似をしてはいけないと警告した。
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提供:ChinaWave

 恐るべき身体能力、ならびに気合である。これを超人と言わずして何をか超人と言わんや。
 そして何よりも特筆すべきは、その斬新な発想である。
 我が国で一般的に行われている牛乳の摂取方法と言えば、口から飲用した牛乳を鼻から流出させるという方法であろう。「摂取」という表現が正しいかどうかは分からないが、牛乳とはこのような飲み方をするものであると昔から決まっているのだから仕方が無い。
 しかし、この青年の発想はどうであろう。「口から鼻」という旧来の常識を一気に打ち破り、「鼻から目」という完全にワンランク上のスキームを編み出してしまったのである。食文化における革新と言っても過言ではあるまい。一体、彼はどのようなバックグラウンドからこのような挑戦を敢行しようなどと思いついたのであろうか。
 しかも、「耳鼻咽喉科の専門家」によるコメントがまた、大変奥ゆかしいではないか。
 「同青年の鼻の構造は正常な人間のそれと異なる可能性が高い」とは、何と専門的な分析であることか。敬服の極みである。
 そしてそもそも、このような事態に「耳鼻咽喉科の専門家」のコメントを求めること自体に、スケールの大きさを感じざるを得ない。
 読者諸兄におかれても、新たな牛乳摂取方法の創造に取り組んでみてはいかがであろうか。

超人日報社北京支局より以下の情報が届いている。

水着姿の女性が寒中スキーを敢行
 水着を着用した数人の女性が18日、太原九竜国際スキー場で寒中スキーを敢行した。
 敷地面積が2000平方メートルに及ぶ九竜国際スキー場は同日をもって一般開放された。スキー、スノーモービル、雪上フリスビーなどのエンターテイメントプロジェクトが目白押しだ。
 関係者によると、スキーは既に山西省の冬の新たなウリになっているという。
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提供:ChinaWave

 恐るべき耐寒能力である。これを超人と言わずして何を超人と言えようか。
 そして何よりも、この記事の淡白さに驚愕させられる。極寒の中、水着姿でスキーを行っていることに対するコメントは、
 「水着を着用した数人の女性が18日、太原九竜国際スキー場で寒中スキーを敢行した。」
 のわずか一文である。唯一、「敢行」という単語に一抹の親近感を覚えないではないが、あくまでも淡々とした、あたかも標準的な行為であるかのような書きっぷりに、この記者に対しても水着女性達と同様の超人気風を感じずにはいられない。
 いずれにしろ、ゲレンデで頭一つ抜きん出たいという目立ちたがり屋の読者の方は、水着でスキー、一度試してみてはいかがだろうか。

した。原則として1週間?2週間に一回は近くの洗車場へ赴き、まめにシャンプーをすることにしている。「今のうちだけだ」とか何とか、言わば言え。
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 ここはダイエー○ヶ丘遊園店の立体駐車場の最上階である。ダイエー前は休日の夕方はいつも車でごったがえし、前の道にまで乳状待ちの行列がはみ出しているが、さすがに最上階は比較的空いていて眺めも良い。
 洗車後のトゥルトゥルの機体に映える夕焼けを見てついついカメラマン魂が湧出してきてしまった。
 ところで、筆者がダイエー?と思われるかもしれないが、最近助手兼伴侶になった相方が、「今なら5000円分買うと500円券がもらえるからダイエーに行かずにはいられない」という庶民派の病に冒されているため、仕方なく運転手となってダイエーの屋上に乗りつけたわけである。
 ううむしかし。最近同じような被写体ばかりなのは気のせいであろうか。気のせいに違いない。