インド二千年の旅 | Day 06 バラナシ/ガンジス川 | 悟りの果てと「ドルフィン」

バラナシ ガンジス川

夜明けのガンジス河に出てみる。

バラナシ ガンジス川

それは今まで見たガンジスとは全く印象を異にしていた。喧騒と混沌は影を潜め、そこに満ちていたのは静謐と祈りだった。

バラナシ ガンジス川

人々が祈りを捧げる対象は、聖なるガンガー(ガンジス河の女神)である。しかし、この河に棲んでいるのは女神だけではない。

バラナシ ガンジス川

つまり、死んでここへ運ばれ流された者、あるいはここに辿り着いて死んでいった者、全てがこの河で受け入れられてきたのだ。もしくは、受け入れられると人々が信じているからこそ、救いを求める人がこのバラナシの地に吸い寄せられるのかもしれない。
ガンガーに受け入れられるとはどういうことなのか。それは現世からの解脱、ということに相違ない。なぜならヒンドゥ教は来世で救われることを望む、輪廻転生の思想だからだ。
長い旅の終着点を求めてこの地に辿り着き、精神を病み(それを彼らは「悟り」と呼ぶかもしれない)、没していく外国人が多いのも、何らかの救いを求めているためだろう。長い旅を続ける人々の中には、残念ながら現代社会に順応できない(能力はあってもソリが合わない)人が多いのも事実だ。

バラナシ ガンジス川

そして私は、この河に受け入れられた人々の、成れの果ての姿を目にした。
彼らの死んだ肉体が流れてくると、そこへ悠々と近づいてくる、「ドルフィン」と呼ばれる巨大な魚の姿を。

バラナシ ガンジス川

やがて日は高く昇り、日常生活が戻ってきた。

バラナシ ガンジス川

ボートを漕いでくれた少年。若いのに「七三わけ」とは殊勝な心がけである。

この地でシタールを学んで1ヶ月になるという藤原君。筆者もギターを弾いているため興味があり、少し弾かせてもらった。
20本ほどの弦のうち実際にリードの音程を出すのは6,7本のみ。残りはそれに合わせてハーモニーを奏でるための共鳴弦と呼ばれる。弾いてみると、音程を奏でる弦のどこを押さえても、残りの共鳴弦がきれいなハーモニーを奏でてくれるのである。不思議な楽器である。

ゲストハウスの屋上で夕食を摂りながら、バラナシで最後の夕日を見つめる。そういえば、空に小さな影が写っているのは、カイト(凧)。バラナシではカイト遊びが盛んであった。

本日のお宿

夜行列車

本日の出費

バラナシ3日目:計337Rs (約840円)

[2000年11月25日]

 

※本連載は西暦2000年のインドバックパック旅の手記を本ブログ向けに起こしたものです。記載内容は当時の手記そのものであるため情報は当時のものであると共に、筆者が学生だった頃の稚拙な文章であることを差し引いてご笑覧頂ければ幸いです。

 

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