世界で通用する「大阪のおばちゃん」 – ベトナムのホテルで魅せた華麗なるコミュニケーションの粋

旅を楽しむ上で一つのポイントとなるのは、外国人とのコミュニケーションである。

楽しむツールになるだけでなく、時には苦労の種となることもあるだろう。特に日本人の場合、英語が苦手な旅人も多いだろうし、そもそも英語が殆ど通じないような土地への旅であればなおさらである。

しかし日本人であってもその様な事など意に介さない、コミュニケーションの達人の域に達した人々がいるのをご存知であろうか。

人は彼女たちのことを敬意を込めて「大阪のおばちゃん」と呼ぶ。

今日は筆者がアジアの地で出会ったとある大阪のおばちゃん達に関する驚愕のエピソードを一つご紹介したい。

ハノイ 関西のおばちゃん 海外 コミュニケーション 英語RICOH R8, Exif_JPEG_PICTURE (5mm, f/5, 1/320 sec, ISO100)

朝のハノイで崩壊していく常識

その朝筆者は朝食のフォーに舌鼓を打っていた。出張でハノイのとあるホテルに滞在していた際の事である。

そこへ二人組の女性が近づいてきた。会話のイントネーションを聞くに、関西、それも恐らく大阪の出自であるように思われた。その彼女たちは筆者のフォーを見てこう表明したものである。

「あ、おうどんや。」

「ほんまや。おうどんやね」

筆者は一瞬、自分が何を食べているのか分からなくなった。そうか、これはフォーだとばかり思っていたが、実は「うどん」だったのか。

いや、待てよ、冷静になろう。

フォーというのは米粉で作られたベトナム風の麺のことであり、通常出汁の効いたスープに入って提供される事が多く、筆者の場合もまさにそうであった。従って、「うどんに似た何か」であると認識されてもさほど不思議なことではない。そうだ、やはり彼女たちは「フォー」を見て「うどんである」と認識したのだ。

しかしである。ここは仮にもベトナムである。彼女たちは世界中どこにでも「うどん」という料理があると思っているのであろうか。あるいは、「海を渡る」=「大阪の向かいの四国へ渡るようなもの」くらいにしか考えていないのであろうか。確かに四国には「うどん」がある。

強い。彼女たちは、強い。

様々な国の麺料理の中には苦手なものもあるだろう。しかしそれらを全て「うどん」と認識できれば、食べられないものなど皆無である。

 

さて、ややあって彼女たちのところへベトナム人のウェイターがやって来てこう尋ねた。

「Tea or coffee?」

すると二人の間でやや虚を突かれたような空気が流れ、次のような会話が行われたものである。

「なんやろ」

「てー、ゆうのはお茶のことちゃうか?」

「ほんなら、こーふぃー、っちゅうのはコーヒーやろな」

「ほなきっと、お茶かコーヒー淹れまっかって訊いてるんちゃう?」

「せやせや、きっとせや」

「あとでええよね?」

「ええよええよ」

素晴らしい推理力である。意外と海外慣れしているのであろうか。

しかしその直後、筆者はあやうくフォーを鼻から放出しそうになる程の衝撃を受けた。彼女たちはウェイターに向かってこう言い放ったのである。

 

「ほんなら、あとでいいです」

 

そこも大阪弁かい!!!

強い・・・やはり彼女たちは、圧倒的に強い。

英語が苦手な場合、ハートの弱い日本人ならばそこで「この場合、英語ではなんと言えばいいんだろう」と一瞬悩むところである。しかし彼女たちはコンマ1秒も逡巡せずに関西弁で即答したのである。

しかし衝撃はそれだけに留まらない。ウェイター氏がさらに次の様に畳み掛けて来たため、筆者は危うく顔面をフォーの丼の中に沈没させるところであった。

 

「OK.」

 

大阪弁で通じたんかい!!!

 

何ということであろうか。この朝、筆者の常識はまるで猛暑日のソフトクリームのごとく溶け去ったのであった。

グローバル・コミュニケーションに必要なのは英語力だのボディ・ランゲージだのと言った技術ではないのだ。必要なのは、物怖じしない精神の強さと、伝えたいという意思、これだけあれば、人は通じ合うことが出来るのだ。

そしてその境地に最も純粋かつ高度なレベルで達しているのが「大阪のおばちゃん」であると言えよう。

我々日本人は時に世界の舞台で闘う時、英語力や交渉力において負い目を感じてしまうことがある。しかし忘れてはならない。日本には世界が誇るコミュニケーションの達人、「大阪のおばちゃん」が居るということを。

ベトナム フォー 関西のおばちゃん

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