転職とコロナと雑な会話について – 仕事納め2020(仮)に代えて

2020年の仕事も一旦公式には納める事が出来ました。色々な事があった年なので色々と振り返りたい事はありますが、ひとまず仕事について振り返ってみたいと思います。「そんな振り返り誰が読むんだ!」などというツッコミはコロナが落ち着いてからお願いします(笑)

思えば3月後半には出張でベトナムに居ました。そして、ベトナムやマレーシア政府による緊急ロックダウンの情報を聞きつけ、まさにギリギリのところで日本へ脱出してきたのです。

遥か昔の事の様に感じます。その頃は数か月すれば収束するのでは、という楽観的な予測もありましたし、まさかそれから年内ずっと同じ状況が続き、そして年が変わろうという今でも明らかな出口が見えていないとは思いませんでした。

さて、結局ベトナムから日本に帰還してからずっと日本に、いやそれどころか自宅周辺に缶詰め状態にされることになった訳ですが、実はテレワーク自体についてはコロナ前から週の半分くらいは行なっていたので、さして変わるものでもないと思っていました。しかし一方で、同僚との「オフでの雑な会話」、まあ平たく言えば同僚との何気ない雑談や飲み会でのコミュニケーションって話ですが、こいつの激減については、振り返ってみると実に大きなインパクトを持っていたと気付くのです。

筆者は2018年の春に転職をして新しい職場で働き始めました。そしてそれなりに苦労もしながら、それなりにやり甲斐のある仕事も任せてもらえるようになり、国内外の同僚とも良い関係を築かせてもらっています。しかしそれには「オフでの雑な会話」が多大な寄与をしていた事は間違いありません。もしもこの転職の年にコロナが直撃していたらと思うと、正直ゾッとします。

もちろん仕事での信頼関係は仕事で築くのが基本です。頑張ってある程度期待に応えてこそ(結果が全てとは言いません。少なくとも過程で真摯にやっていれば)居場所を得ることが出来るというのは言うまでもありません。しかし、今年のように職場で顔を合わせることがなければ過程の努力を見てもらう事も難しくなりますし、逆に上司としても「いつも頑張ってくれてて助かるよ」的な業務時間中には改まってしにくい話も、飲み会の場でこそ交わす事が出来たりするし、そういう声を掛けてもらってこそ「自分にはちゃんと居場所があるんだ」と思えるものです(コロナ前には実際にそういうオフでの言葉にとても勇気づけられました)。

もしも転職をして、知っている人も誰もおらず仕事のプロセスや文化すら分からない職場に飛び込んで、いきなりコロナ禍に見舞われ、そういった自分の職場における「自分の価値や居場所」の確認が出来なければ、常に「結果を出さねば」というプレッシャーに押しつぶされて居たかも知れないし、人間関係ももっとドライなものになっていたかも知れません。

それは海外の同僚についてはもっとそうで、ただでさえ慣れない英語で、さらにもしも一度もリアルに会ったことがなければ、コミュニケーションの濃度は今よりもずっと薄いものになっていたでしょうし、従って今ほど各国の同僚と円滑に仕事を回せていたような気が全くしません。コロナ以前の2年間でリアルに築いてきた人間関係があってこその「今」であり、もしもそれが無かったと思うと身震いを感じます。

そんなわけで、コロナ禍の当初は「リモートでのコミュニケーションだって何とかなるさ」くらいに思っていましたが、今になって思うと少し考えは変わってきています。仕事でちゃんと責任を果たしていれば最低限はOKなのかも知れませんが、プラスαのモチベーションや「居場所」としての充実感を得たり、特に海外の場合は心理的障壁を下げることは間違いなくさらに難しかったでしょう。

コロナ2年目となる2021年は、リモートワークに慣れた上で、新しいコミュニケーションの取り方を考えていかなければならない年になるんだろうなあ、と思っています。特に新しく入ってくるメンバーなんかがいれば意識して「雑な会話」を持ちかけたりするのが大事なんだろうなあ。

ところでその前に、実は正月明け早々締切の書類が山ほどあるので地味に納めきってないのですが、ひとまず今夜は一つの区切りということで振り返ってみました^^;

来年はいつになったら東京の同僚と飲みに行ったりベトナムやマレーシアの同僚に会ったり出来るのかなあ。

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