パサートオールトラック乗り兼フォルクスワーゲンウォッチャーの10maxです。こんにちは。
先日フォルクスワーゲンが、新世代EV「ID.」シリーズ全車種への「OTA(Over-the-Air)」つまり無線でのソフトウェア更新を、欧州において利用可能にすると発表しました。
またトヨタも最近似たような概念として、「ソフトウェア・ファースト」というコンセプトを打ち出しており、レクサスなど一部の車種でOTAでのソフト更新サービスを提供し始めています。
既に日本でも「コネクテッド・カー」が一般的になって久しいですが、このフォルクスワーゲンやトヨタの取り組みはそれとは一線を画した中々インパクトの大きなニュースであり、今後のカーライフを取り巻く風景が変わっていく大きな転換点の一つになるかも知れないな、と感じています。
ということで、一応本業ではIT業界に20年ほど生息している筆者の目線で思いつく「景色の変化」をつらつらと予想してみたいと思います。お茶菓子代わりにお付き合い頂けると幸いです。
OLYMPUS E-M1MarkII, LEICA DG VARIO-ELMARIT 12-60mm / F2.8-4.0 ASPH. / POWER O.I.S. (19mm, f/3.5, 1/60 sec, ISO320)
「コネクテッド・カー」と「OTAによる車載ソフト更新」は何が違う?
まず、今回の「OTAによる車載ソフト更新」とは何ぞや、というところです。
言葉の定義だけで言えば、広義の「コネクテッド・カー」の中に、「OTA(無線)による車載ソフト更新」が含まれるんでしょうね。言い方を変えれば、「ネットワークに繋がるんだからとりあえず『コネクテッド』だよね」というのがこれまでの世界で、そこから一歩深いエリアに踏み込んで「さらにECUとかのコアな部分まで変えられるようにしよう」というのが「OTAによる車載ソフト更新」の世界と言えるでしょう。
もう少し具体的に言うと、これまでは主にインフォテイメントシステム経由でBluetoothやWiFi、テザリングなどでインターネットに接続し、ナビ関連の更新や車の状態管理、緊急時の通報といった、どちらかと言えば自動車の本丸の機能というよりは周辺系の機能で通信を利用していました。日本車で言えば「T-Connect」や「マツダコネクト」、フォルクスワーゲンで言えば「We Connect」とか「Car-Net」辺りのサービスですね。
一方「OTAによる車載ソフト更新」の「ソフト」というのは、所謂ECUなどの自動車の走行性能や安全に関する機能・パフォーマンスに影響を及ぼすソフトウェアも対象に入ってくるというのが従来との大きな違いでしょう。
車載OSの登場、つまり車もガラケーからスマホ化へ
もう少し話を単純にすると、例えばフォルクスワーゲンの新生代EV「ID.」シリーズの特徴の一つに「vw.OS」を搭載したことが挙げられるのですが、「OTAによる車載ソフト更新」とは即ち、「OS」をアップデートする事だ、と言えば分かりやすいでしょうね(厳密には違うのかも知れませんが、大筋の理解としては合っているはず)。
この「vw.OS」を始めとする「OS」という概念が非常に画期的だと感じていて、それをお伝えするためにここで再び少し強引な例え話をすると次のようになるかと思います。
- 従来の車・・・「ガラケー」=専用組込みソフト・デバイスの寄せ集め
- ID.シリーズ・・・「スマートフォン」=vw.OSが全体を統合制御する
思い出してみて下さい。ガラケーって自分でソフトウエアやOSのアップデートなんてした事ないですよね?(これ20代の人とか分からんか^^;)
でもスマホになってから、みんな当たり前のように自分でOSやアプリのアップデートをするようになりました(しかも、まさに文字通り「無線で」)。
アプリはともかく、iOSやAndroid OSのアップデート、と言えば、スマホのセキュリティを始めとするコアなパフォーマンスに関わるアップデートというイメージがありますよね。
で、それが何故ガラケーには出来なくて、スマホで出来るようになったかというと、ガラケーでは携帯の機種によっても、そして一つの携帯端末の内部においても、それぞれバラバラの専用組み込みソフトやデバイスが動いていたため、統一的に制御する事が困難でした。
一方それがスマホの世界になり(厳密にはiOSやAndroid OSの世界になり)、OSが端末の制御を全て統合的に管理するようになり、全てのデバイスやアプリがOSの管理化においてOSと同じ言語で話すようになったため、端末の機能のアップデートがより簡単に出来るようになりました。
フォルクスワーゲンが「ID.シリーズ」で切り拓こうとしているのは、まさにそう言った世界。
いや待てと。ここまで読んで「そんなのはテスラが何年も前からやってるジャマイカ」と思われた方、非常に鋭いです。では今回のフォルクスワーゲン等の動きで何が変わるのかというと、テスラや中国の振興EV専業ベンチャーなどではなく、圧倒的な販売台数を持つ伝統的自動車メーカーがそれらのベンチャー的アプローチに舵を切り始めた事。これにより業界全体に大きなうねりが生まれる可能性が出てきたのです。
そんな動向を、「ガラケーからスマホへの転換」になぞらえつつ、ここ10年くらいの間にIT関連の製品やサービス界隈で起きてきた事を振り返ると、これから自動車業界やカーライフにおいて起きてくる変化が色々と見えてきそうなのです。
Apple iPhone 12 Pro, (6mm, f/2, 1/350 sec, ISO25)
車の「スマホ化」で自動車業界・カーライフの何が変わる?
予想1. メーカー(プラットフォーマー)の合従連衡が更に激化
ガラケーがスマホになり、さらにiOSとAndroidが登場して、携帯業界はどうなったかというのを少し振り返ってみます。10年くらい前から遡りましょうか・・・(遠い目)。
まず一番大きな流れは、殆どの携帯電話=スマホが、iPhoneかAndroid携帯のどちらかに収斂したということです(タブレットもiPadとAndroidタブレットに)。逆に言えば市場シェアを押さえる事がOSビジネスでは最重要戦略と言うことが出来ます。
iOSやAndroidに限らず、WindowsにしてもMac OSにしても、OSという代物は開発に膨大な人員とコストを伴うため、スケールメリットが非常に重要になります。そしてその上で如何に大きなエコシステムを展開できるかが生残の鍵となります。
また、ビッグデータビジネスという観点でも市場シェアは非常に重要になってきます。AndroidのようなOS戦略の肝は、OSそのものというよりも、世界中のユーザの膨大な情報をビッグデータとして蓄積し、それを別のビジネスに活かすところにあります。
これと似たような事は間違いなく自動車の世界でも起きるでしょう。フォルクスワーゲンのヘルベルト・ディースCEOや、同グループ傘下でvw.OS開発を担当するCARIAD社のCEOダーク・ヒルゲンブルグ氏は、vw.OS搭載車を2030年までに4000万台にしたい、と述べていることからも、やはり規模が重要であると考えている事が伺えます。
VWグループ「NEW AUTO」戦略に滲む「プラットフォーマー」への憧憬
そうした「プラットフォーム」のスケールメリットをさらに高めたいという考えは、今年7月にフォルクスワーゲングループが発表した中期戦略「NEW AUTO」にも現れていました。フォルクスワーゲングループでは、プラットフォームの統合と、グループ外へのプラットフォームの外販という2つのことを戦略の軸に据えています。
現在フォルクスワーゲングループには、内燃機関向けプラットフォームとして、「MQB」「MSB」「MLB」の3種類、EVプラットフォームとして、「MEB」と「PPE」の2種類が存在しますが、このうちEV向けについては「SSP」(スケーラブル・システムズ・プラットフォーム)に統合され、上記のヒルゲンブルグ氏の発言の通り将来的に4000万台以上がSSPに乗る計画です。
また、現在既にフォルクスワーゲングループはフォードに対してMEBプラットフォームを提供する予定ですが、この「SSP」プラットフォームについても更にグループ外への提供を進め、EVのプラットフォームそのものを重要なビジネスとして位置づけて行く考えです。
もっとも車載OS自体は決して新しいものではなく、米テスラを先頭に、中国の新興EVメーカーにおいても「Baidu OS」や「Ali OS」(いずれも中華巨大IT企業のもの)など既に様々なものが存在するので、フォルクスワーゲンも安穏とはしていられません。ただ特筆すべきなのは、それらのITベンチャーではなく、フォルクスワーゲンやトヨタのような伝統的自動車メーカーがこうした方向へ大きく舵を切りつつあるという事です。
予想2. ソフトウエアとハードウエアの分離が進む?
上でも触れたとおり、携帯電話の世界ではAndroidの登場を機にOSとハードウエアの分離が進みました。つまり、ガラケー時代においてはハードもソフトもメーカーが垂直統合的に製造していたのに対し、スマホ時代はOSを始めとするソフトウェアをビジネスとする事業者と、ハードウェアをビジネスとする事業者に分かれたと言い換えることも出来ます。
それは、フォルクスワーゲンの、「vw.OS」を核とする「SSP」プラットフォーム自体をビジネスに据えようとしている動向とも符合します。
つまりこれからは、スマホのように、異なる自動車メーカーグループの車が、同じ車載OSやプラットフォームを共有するという事が広く起きてくる可能性があります。これまでも個々の車種レベルでは、FIAT124スパイダーがマツダロードスターと車台を共有したようなグループの垣根をを超えた連携はありましたが、今後はもっと大規模にそうした事が起きる可能性があるでしょう。
予想3. 機能のサブスクリプション(定額課金)化が始まる?
この後の3点は、もう少し筆者たちのカーライフに近いところのお話です。
製品やソフトウェアのサブスクリプション化といえば、もうIT界隈ではお馴染みですね。例えばAdobeの一連の製品も、買い切り型から月額などの定額課金製に移行しましたし、かなり一般的になってきてますよね。
で、自動車業界にも同じことが起こるんじゃないかと。
これからはクルマの様々な機能を「OTAによるソフト更新」で後付け出来るようになるわけですが、そうすると、極端な話、今までは自動車本体購入時のメーカーオプションとして「買い切り」で付けていた機能が、これからは「新しい自動運転機能が発売されました~。月額5000円でお客様の車にもインストール出来ますよ~」なんて世界がやって来てもおかしくないわけです(そういう意味では、「要らなくなったら解約してアンインストール」なんて事も出来るようになるのかも)。
おかしくないどころか、自動車本体だけでは儲からない時代において、メーカーはこうしたビジネスを喉から手が出るほど欲しているんじゃないでしょうか。そして後述しますが、この手のビジネスで10年先を行くテスラ辺りが真っ先にやって来そうな気がします。
そもそも自動車の利用の仕方自体も、「所有」だけでなく「シェア」「サブスクリプション」といった具合で選択肢が広がってきているので、こうした流れは必然なんでしょうね。
予想4. 「格安SIM」ならぬ「格安カー」が登場するかも?
ガラケーからスマホに時代が移り、携帯業界やユーザに大きなインパクトを与えた事の一つに、MVNOスキームを利用した「格安SIM」の登場があります。格安SIMを提供する事業者は、ドコモやauが莫大な設備投資をして建設した携帯電話網への投資を行う必要がなく、また「ドコモショップ」的な充実した店舗網を持たずにオンライン中心での販売・サポートに集中することでトータルとしてのコストを抑え、結果的に利用料金の低減を実現しています。
自動車業界ではどうでしょう?
まず、車載OSを含むプラットフォームが(フォルクスワーゲンの戦略通りに)様々なメーカーに提供される事になれば、例えばフォルクスワーゲングループ以外の第三者が、プラットフォーム開発にかかる膨大な投資リスクを背負わずに「格安自動車メーカー」として参入する事が可能になります。
また、「格安自動車メーカー」はディーラーやメンテンナンスに関する店舗網についても簡素化出来る可能性があります。EVであれば内燃機関に比べて部品点数も構造も大幅にシンプルになり、逆に車載OSを中心とするソフトウェア制御の比重が高くなります。そして新規機能追加やアップデートもオンラインで行うようになります。そうすると、販売から基本的なサービス提供はオンラインで提供し、物理的な定期メンテナンスや修理対応については、プラットフォーム提供者であるフォルクスワーゲンやトヨタのような伝統的メーカーのディーラー網に委託する事も考えられます。逆に新車販売からの儲けが縮小傾向にある既存メーカーやディーラーにとっては新たな収入源となります。
つまり、格安SIMのビジネスモデルに近いものが自動車業界でも考え得る訳です。
ただし、日本の携帯業界と異なるのは、あちらは政府による激しい市場介入が行われる点ですね。携帯事業者がMVNOに設備を貸し出す際の接続料や端末のSIMフリー化に対して総務省が口出しをしてきた結果の格安SIMなので、自動車業界ではそうも行かないかも知れません。
予想5. 乗り換えてもパーソナルデータが引き継がれる?
iPhoneやAndroid携帯を使っていて、機種変更した時の事を思い起こしてみます。今やApple IDやGoogleアカウントを持っていれば、いとも簡単に機種変更前の使い慣れた環境を復元できます。
これも、車でも当然同じ事が起こるのではないでしょうか。
ナビのようなインフォテイメント系の情報はもちろん、ADAS(先進運転支援システム)などで活用されるドライバーの運転特性や車両の乗り心地・パフォーマンスに関する個人設定など、パーソナルデータは今後どんどん増えていくでしょう。それらを車載OSが統合管理してクラウド上に保管しておけば、車を買い替えたりした場合でも(同じ車載OS・を搭載した車であれば)簡単に引き継がれて前愛車の環境を復元出来ます。
ましてや、カーシェアリングやサブスクリプション方式での自動車利用が普及すれば、こうした仕組みはより一層利便性を訴求できますし、メーカー側も、他メーカー(もしくは他プラットフォーム)へ乗り換えられないよう囲い込みを行えるメリットがあります。
Apple iPhone 12 Pro, (1.54mm, f/2.4, 1/121 sec, ISO100)
車がスマホ化しても「運転の楽しさ」を見失わないで欲しい – 金太郎飴の様な車は要らない
ということで、素人が無責任に妄想を広げましたが、考えれば考えるほどIT業界が辿ってきた道のりをなぞるような気がしてならないのです。でも忘れてはいけない(メーカーに忘れてほしくない)事があります。
それは、「運転の楽しさ」という価値を見失ってはならない、という事です。
ここでもスマホに例えますが、初めてiPhoneを買ってしばらくはiPhoneへの愛着やロイヤリティが非常に高かったのですが、今では端末自体はどれでもいいんじゃないか、と思い始めています。というのも、サービスの価値がどんどんソフトウェアやクラウド上に移っていき、ハードウェア自体はどの端末も、同じOSの上に似たようなサプライヤーの部品を寄せ集めただけになり、どんどん均質化してしまったからではないか、と思います。
スマホは生活を便利にする事が第一の存在意義なのでそれでも良いかも知れませんが、車は違います。
もちろん「車は単なる移動手段」と考える層が一定数存在することは間違いありませんが、特に車を、カーシェアなどではなく所有する事を好む層は、運転する事の楽しさ、家族や友人を乗せることの喜び、それらを実現してくれるマイカーと共に過ごすライフスタイルへの充実感、そういった感覚的なプラスアルファを求めています。
スマホの様に先進的な機能が常に楽しめる車、それが魅力的なことは間違いないでしょう。しかし一方で、これからも、メーカーやブランドごとの拘りを大切にし、所有する喜びを味わえる車が絶えないことを願ってやみません。
SONY ILCE-7M2, TAMRON 28-75mm F/2.8 Di III RXD (Model A036) (42mm, f/4, 1/400 sec, ISO100)
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