蟹の殻と親心について(上)- 中間報告

十二年前の年の瀬も迫るある夜、僕は既に雪が大地を覆い始めた北の街にいた。当時僕は広報の仕事をしていて、とあるプレスイベントに出席するために札幌に出張していた。

先日長男の小学校卒業を迎え、僕はその夜のことを思い出していた。

なぜそんな昔の話を思い出したのかと言うと、その夜のある他愛もない会話が、いつの間にか大きくなった我が子に関係のあるものだったからだ。そしてそれは、当時初めて人の親になったばかりの僕に温かい希望を与えたくれた。

RICOH R8, Exif_JPEG_PICTURE (5mm, f/3.3, 1/4 sec, ISO200)

その夜、出張に同行していた先輩のIさんと僕は、二人で向かい合って蟹を食べていた。それなりにお酒も飲んでいたように思う。北国の冬に蟹と酒、他に言うことはない。

先輩、それも大先輩だ。間違いなく五十は過ぎていただろう。あるいは還暦も間近だったかも知れない。一方の僕は当時三十路に差しかかったばかりだ。

大した話をしていたわけではない。ただひたすらに蟹の殻を剥きながら日本酒をちびちびとやりつつ、他にどのような話をしていたのかはてんで覚えていないのだが、お互いの子供の話になった。そう、僕の長男はその年の春に生まれたばかりだった。

その時、Iさんは僕にこんな話をしてくれた。自分の息子は、とてもいい子だ、という。

 

彼の息子さんは当時高校を卒業したばかりだった。その息子さんは、大学に進学するにあたり、実家から通える大学を選び、実家から通うことを選んだ。実は、Iさんは少し前に奥様を亡くしていた。そんな父親を支えるために、息子さんは他の選択肢を捨てて実家から通うことを選んでくれた。

「とてもいい子だ」と言いながら蟹の殻を剥くIさんは、とても嬉しそうに見えた。

 

その頃僕は、頭の片隅にぼんやりとある不安が芽生えていた。生まれてきたばかりの我が子。確かに可愛い。日々愛情は増していく。しかし、この子もやがて大きくなり、髭が生え、声も野太くなっていくのだ。僕はいつまで、この「可愛い」という感情と共に過ごすことが出来るのだろうか。その幸せな感情がやがて失われていくのだとしたら、とても寂しいと思ったし、その答えを誰かに尋ねる勇気もなかった。

 

でもその夜、嬉しそうに蟹の殻を剥くIさんを見て、彼になら訊けそうだ、と思った。今のIさんになら賭けてみたい、と思った。

 

「今でも息子さんのことが可愛いですか?」

「そりゃあ当たり前よ。可愛くて仕方がないさ。いくつになったって子供は子供だ」

 

僕は賭けに勝った。その後は結果的に内心祝い酒となったため、何を話したのかよく思い出せない。

 

あの夜から十二年余りが過ぎ、我が家の長男は小学校を卒業し、身長は既に妻を超えた。すね毛だって少しばかり生えてきたし、声も低い。時に反抗することも増えてきたし、扱いも難しくなってきた。

 

でも、可愛くて仕方がない。いくつになったって子供は子供だ、と思う。

 

子供が二、三歳の頃、よく周囲の人に

「あら〜、今が一番可愛い時期ねぇ」

なんて言われたが、どうか安心してほしい。それから十年経ったって可愛さは増すばかりだ。存在自体が可愛いのだから年格好など関係ない。Iさん、あの夜あなたが言っていたこと、正しかったよ。

ただし、今のところはね。当時のあなたの息子さんの年齢になるまでにはまだ何年かある。

でもとりあえず中間報告させて下さい。僕はあの夜のあなたの言葉に勇気をもらって、一気に目の前の靄が晴れたんだから。きっとIさんは覚えていないだろうな。蟹の殻を剥くのは意外と難儀だったし、お酒も入っていたし。

 

Iさんの息子さんは今、札幌でIさんと蟹を食べた夜の僕と、同い年だ。

 

さて、このお話は三部作の予定だ。

少しだけ大人の入口に立った十二歳、ひとまず我が子への可愛さは衰えることを知らない。

次は六年後、我が子が当時のIさんの息子さんと同じ年齢になった時に、Iさんのお話を改めて検証したい。

最後はさらに遠い未来、Iさんが僕にくれたお話の続きを、僕たち家族が紡ぐつもりだ。

完結するかどうかは、分からない。

 

その時まで、家族での非日常の思い出を綴りながらこのブログを続けていきたい。

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