主要各国が2030年前後を目途に自動車業界のカーボンニュートラル化に関する方針を打ち出すなか、先日興味深い報道が飛び込んできました。それは、ポルシェ/VWグループが2025年のF1復帰に関心示しているというものです。
おいおいちょっと待てと。昨年末にアウディのフォーミュラEからの撤退とフォルクスワーゲンブランドのモータスポーツ活動終了が発表されたばかりじゃないか。そこへ来て、同じグループ内のポルシェがF1復帰を検討??はてさて、何が何だか訳が分からなくなってきました。
これはもう世の常なのですが、様々な情報がバラバラと報じられるために全体として何が起こっているのかいまいち分からない・・・ということで本ブログ恒例ですが、世の中にバラまかれている情報を纏めて整理して全体的な流れを分析してみたいと思います。
さらに、モータースポーツ活動方針はメーカーの市販車の今後の行方を反映すると言われます。そこから次世代のパワーソースの姿を少し予想してみたいと思います。
フォルクスワーゲングループの動向をおさらい
昨年末、アウディとフォルクスワーゲンの両ブランドが突然相次いでモータースポーツ活動についての縮小撤退について発表しました。その背景や今後についておさらいします。
アウディブランド:フォーミュラE撤退、より実用フェーズでの電動車開発へ
昨年11月29日、アウディが2021年限りでのフォーミュラEからの撤退を発表しました。またそれに歩調を合わせるかのように直後の12月2日にはBMWも同様の発表をしています。その背景について記事には以下のように触れられています。
撤退の理由としてBMWは、フォーミュラEという場にはこれ以上、市販車市場に転用可能な技術開発のチャンスがないため、と説明。
アウディのマルクス・ドゥスマン取締役会会長は撤退について「電動車によるモビリティは未来の夢ではなく現実のものになった」と説明。
共通するのは、両社はフォーミュラEをより先進的・実験的な技術研究の場と位置づけており、今回、既にBEVに関してはその状況は終わっているためより実用的な市販車としての技術開発フェーズに入っていくべきであると判断した、という事が言えそうです。
今後のモータースポーツ活動について、BMWからは特に言及は無かったようですが、アウディはダカールラリーに参戦するとしています。
今後はパワートレイン・サプライヤーとしてのみシリーズに関与すると共に、2022年のダカールラリーに電動ドライブトレインを搭載するプロトタイプカーで参戦する計画を明らかにした。(中略)アウディはダカールラリーを選んだ理由として「最も過酷なモータースポーツ」であり「搭載技術に関しての自由度が大きい」と説明した。
また別の記事には以下のようにあります。
かつてラリー界に“クワトロ旋風”を巻き起こしたブランドがダカールに持ち込むのは、やはりその電動化技術であり、電動ドライブトレインと高電圧バッテリー、高効率のTFSIエンジンとエネルギーコンバーターを組み合わせたプロトタイプマシンでの挑戦となる。(中略)アウディの狙いは、今後数年間の内に電動ドライブトレインとバッテリーの性能を恒久的に向上させること。一連のプロセスで得られた経験は将来の市販電動化モデルの開発に反映されていくという。
出典:AutosportWeb
これは頷けますね。つまり、レギュレーションが厳格で市販車から遠い条件のF1から、技術的にも環境的にもより柔軟で多様性に富んだラリーという場に移行することで、様々な国や環境に対応する市販車向けの技術を試行して磨いていこうというのは合理的です。
具体的に投入する技術として「電動ドライブトレインと高電圧バッテリー、高効率のTFSIエンジンとエネルギーコンバーターを組み合わせたプロトタイプマシンでの挑戦」とあります。充電環境の整わない市場での電動車の普及を考えると、こうしたハイブリッドなパワートレインは技術開発の投資先としてよりリアリティのある選択肢と言えます。
フォルクスワーゲンブランド:モータスポーツ活動終了、市販電動車開発に集中
上記のアウディ、BMWのフォーミュラE撤退発表とほぼ同時期の昨年12月1日、フォルクスワーゲンブランドはモータースポーツ活動を終了すると発表しました。背景はIDシリーズを始めとする電動車へのリソース集中です。
フォルクスワーゲンブランドがさらなる電動化に向けて、経営資源を蓄えておくのが狙い。フォルクスワーゲンブランドは、企業の再編と集中の一環として、モータースポーツ活動を終了するという。
出典:Response.jp
また今後については以下のようにあります。
今後はEモビリティに重点を置き、『パイクスピーク・インターナショナル・ヒルクライム』で一躍世界の注目を浴びたID.Rプロジェクトから得た多くのノウハウを活かし、量販車のIDモデルの開発へと活かすという。
出典:AutosportWeb
100年に1度の転換点となる電動車への切り替えに向けて多くの資金と人財を投入していく必要がある中で、モータースポーツはアウディに集中させて、そこで得た技術・ノウハウをグループ内で水平展開する事により効率化と技術革新の両方を図るのは当然の経営判断と言えるでしょう。
F1参戦の背景にはフォルクスワーゲンの電動車一本槍への不安がある?
そのようにモータースポーツ活動の縮小を図る方向性を打ち出した直後に、突然のF1参戦の話題が降って湧いたわけです。
e-fuel導入を条件にF1参戦への関心示すポルシェ/フォルクスワーゲン
3月8日の報道では、ポルシェ・モータースポーツ副会長がBBCでのインタビューで以下のように語ったとしています。
ポルシェ・モータースポーツ副会長フリッツ・エンツィンガーが、2025年の技術規則に新たな燃料が組み込まれる可能性に対して強い関心を示した。エンツィンガーは、「持続可能性の側面、たとえばe-fuelの導入などが関与するのであれば、非常に興味深い」と『BBC』に対して語った。「この側面が確認された場合、フォルクスワーゲングループのなかで詳細を評価し、さらなるステップについて協議するつもりだ」
出典:AutosportWeb
どうもここで鍵となるのは「e-fuel」というキーワードのようです。e-fuel、つまり化石燃料を由来としない、カーボンフリーな次世代燃料ですね。このe-fuelが2025年以降のF1の技術規制に取り入れられれば参戦する可能性があるとしています。
F1での勝利という観点では、AutosportWebの記事中に以下のような記述があります。
2016年にはポルシェのエンジニアグループが、2021年に導入予定とされていた規則に合わせてF1エンジンの設計に取り組み始めたが、その後、F1は現在のパワーユニット規則を2025年末まで維持することを決めた。長年大きな成功を収めているメルセデスに勝つことは不可能とみられ、その時点でポルシェの上層部はF1プロジェクト取りやめを決めた。
出典:AutosportWeb
つまりポルシェがF1の舞台に復帰するに当たり、既存のパワーユニット規制の中では常勝軍団に対して逆転劇を巻き起こすことは難しいが、e-fuelという新しい戦場であれば勝機があると見ている、と読み取れます。
電動化への過度な傾倒に懸念示すフォルクスワーゲン
さて、上の方で触れた通りフォルクスワーゲンは電動化への経営資源集中のためにモータースポーツ活動を終了する、としています。しかしその一方で「電動化によってカーボンニュートラルを実現するのは簡単ではない」という一見逆説的とも取れる警鐘を自ら鳴らしているのです。
フォルクスワーゲンはBEVであるID.シリーズを市場に送り出す一方で、LCA(ライフサイクルアセスメント)、所謂走行時だけでなく車両やバッテリーの製造、発電過程、走行時、そして車両の廃棄やリサイクルといった自動車のライフサイクル全体で見たときのCO2排出量はディーゼルエンジン車と変わらないか、条件によっては多くなってしまうという事実を示すデータを公表し続けています。
その背景にはドイツ政府のBEVに偏った経済政策があるようです。以下の様に報じられています。
ドイツ政府は、COVID-19で落ち込んだGDPを押し上げるための経済対策について、自動車分野ではBEV補助金に集中し、通常エンジン車への購入支援は見送った。(中略)メルケル首相が率いるキリスト教民主同盟と連立政権を組むドイツ社会民主党の中にも「エンジン車への補助金を認めたら、緑の党から政権批判が出て混乱する」との意見があったと現地では報道されている。VWはジャーナリストに対し「ドイツ国内の電力を使う限り、現状ではディーゼル車もBEVも排出はそれほど大きくは変わらない」というデータでアピールしたが、その声は結果的に届かなかった。
日本においても昨年末以降、純内燃機関の新車販売規制を2030年に繰り上げる方針が打ち出された際に、自工会会長の豊田章男氏がそれを懸念する声明を出しましたが、それと似た動きのように見えますね。
こうした「EV=カーボンニュートラルの立役者」という短絡的な考えに基づいた、一種国民の人気取りのような政策には筆者も疑問を禁じえません。極めて国策的な判断が求められる分野であり、電力ミックスやインフラの観点も含めたより広い視野に基づいてじっくりと検討がなされるべきだと考えています。
少し話が逸れましたが、つまりフォルクスワーゲン自身もバッテリーによるパワーユニットへの過度な依存は好ましくないと考えている事が分かります。ではどういった方法でカーボンフリーなモビリティを実現しようとしているのか。そのヒントの一端が、今回のe-fuelをトリガーとしたF1参戦にあるのではないでしょうか。
カーボンニュートラルを見据えF1と袂を分かったホンダ。e-fuel導入はF1存続にとっても鍵となる
一方F1を運営するFIAとしても、世界的な「脱化石燃料」の動向を受けて存続の危機を迎えています。このまま既存の内燃機関に固執していてはいずれ参戦するチームはいなくなってしまいます。
象徴的な出来事が、昨年発表されたホンダのF1からの撤退です。ホンダの八郷社長によれば、その理由を以下の様に語っています。
「F1エンジンの開発に携わってきた技術者などのリソースは、電動車両などカーボンニュートラル(炭素中立)の実現のための開発に振り向けていく。(中略)今回の決定は、カーボンニュートラル実現という新たな挑戦に向けた決意表明だ」
出典:日経クロステック
この事件が、FIAにF1におけるパワーユニットの検討を加速させる大きなきっかけになったと言われています。
では、かといって電動車へと舵を切れば良いかと言うと話はそう簡単ではありません。既にフォーミュラEという存在があるため、このままではむしろF1がフォーミュラEに統合されるという未来すら囁かれています。
そこで、カーボンフリーな燃料であるe-fuelを導入できれば、新たな活路が見いだせるという訳です。
e-fuelでパワーソースの多様化確保を狙うメーカーとFIAという構造
フォルクスワーゲングループとして電動車への投資を進めていくことには疑いがありませんが、一方でe-fuelには電動車にはない大きなメリットがいくつかあります。それは、バッテリーと異なり製造過程でCO2を排出しないこと。そして、既存のガソリンインフラを活用できることです。
そんな夢のようなエネルギーに対して、実はフォルクスワーゲングループは世界に先駆けて手を打ち始めています。
世界で先行するアウディのe-fuel研究開発、課題は生産コスト
アウディは2017年にはe-fuelの実験的な生産を行う専用の研究施設を建設しており、2018年には車一台分を賄うのに十分な60Lのe-gasolineの生産に成功しています。
つまり、フォルクスワーゲングループ自身はID.シリーズやe-tronシリーズなどで電動車市場を押さえるべく投資を続けつつも、一方では代替燃料の実用化も虎視眈々と狙っているという訳です。しかもe-fuelは、BEVの「LCAベースではカーボンニュートラルの実現は難しい」という根本的な課題を一気に解決してくれる真打ちと言えます。
しかしe-fuelにも課題はあります。それは、燃料製造コスト。現時点では1リットル辺り500円程度と言われています。ガソリンの価格は税金を除くと50〜60円くらいなので、お値段約10倍。かなり高級なお飲み物ということになります。
とりあえずBEVでお茶を濁しつつ、本命のe-fuelを狙うという青写真か?
すると、こんな青写真が透けて見えてきます。つまり、まずは生産コストの下がってきたBEVで各国政府の「カーボンニュートラル政策」に対してお茶を濁しつつ、裏で本命のe-fuelの開発を進めておく、という戦略です。ある意味リスクヘッジという捉え方も出来ます。
やはりBEVを取り巻く現状の課題を鑑みると、どうしてもBEV一本足打法にはリスクが伴います。燃料生産コストという課題はあるものの、e-fuelという「プランB」を用意しておくというのは必然でしょう(むしろe-fuelの方が本命の「プランA」のような気がしますが)。そして、当面はトヨタのFCV(燃料電池車)、MIRAIの様にe-fuel車は高級車という位置づけになるのでしょう。
しかし、やがては生産コストも下がってきて普及帯に降りてくる事も期待出来るのではないでしょうか。いやあるいは、そうならない限りBEVだけでは本当のカーボンニュートラルが実現出来ない可能性もある訳ですから。
FIAだけじゃない。国産自動車メーカー3社もe-fuelに熱視線
そこへ飛び込んできたFIAによるF1でのe-fuelを軸とする新燃料導入検討のニュースは、フォルクスワーゲングループにとってもWIN-WINとなる可能性が見い出せる方向性でした。
ではフォルクスワーゲングループ以外の自動車メーカーの動向はどうかというと、実はトヨタ、日産、ホンダの国産3社もe-fuelへの関心を示しています。やはり彼らにとっても、課題の多いBEV一本槍にはリスクが伴うのに加え、e-fuelという次世代のデファクトスタンダードとなる可能性のある技術をフォルクスワーゲングループなどの他社に総取りにされる事を怖れていると考えられます。
さいごに:内燃機関への希望を捨てきれない自分へ
ということで、ポルシェのF1参戦検討というニュースに違和感を覚えたところから昨今のフォルクスワーゲングループ界隈のカーボンニュートラルへの対応およびe-fuelに関する動向をまとめてみましたが、こうして見てみるとやはり筆者なんぞが勝手な青写真を描くまでもなく業界の動きはちゃんと一つの流れに沿って流れていますね。
それにしても今回追ってきた一連の動きを見て、少し希望を持つことが出来ました。というのも、車好きとしては電気自動車一色になってしまう未来がどうしてもしっくり来ないんですよね。
しっくり来ないというのは2つの理由があって、1つは上でも触れた通り結局の所BEVにはカーボンニュートラルな社会への切り札感が無いということ。そしてもう1つは、単純に楽しみが減ってしまうんじゃないかということ。
BEVやPHEVには何度か乗ったので、その不思議なトルク感やスムーズさには新鮮味を感じました。動的質感も内燃機関以上のものをもたらしてくれる可能性があります。しかし、多様性という点でどうなんだろう、と。
サウンドや振動、変速機、トルク曲線の変化といった面で多様性のないモーターでは、パワーソースのフィーリングに関してはどの車に乗っても金太郎飴になってしまう恐れがあります。これは遠からず古い考え方と呼ばれる事になってしまうのかも知れませんが、そう言うのが好きなんだから仕方ありません(笑)しかもそれらを我慢してBEVに乗っても本質的なカーボンニュートラルな世界にならないのなら尚更やり切れません。。。
そんな中で、e-fuelという次世代の燃料によってBEVを上回る環境性能を持った「カーボンフリーな内燃機関」という大逆転の可能性が残されていることは、大変喜ばしいことです。
この話を書いていて思い出したのが、かつてマツダが研究開発していた「水素ロータリーエンジン」。燃焼の仕組みから水素との相性が良いということで試作までされましたが、残念ながら実用化までは至りませんでした。しかし、EV一辺倒になるのではなくこうした夢のある、そして真にカーボンニュートラルな社会を生み出せる技術が出てくることを願ってやみません。
メーカー各社やFIAのようなモータスポーツ関係者などの動向に熱い視線を送っていきたいと思います。
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